恩師とのフライト

「大利根に行くからスケジュールが空いていたら、成田駅に迎えに来てくれないか」

と「ピエール」と名乗る、パイロットライセンスを持つ高校時代の講師の先生(理科担当)電話が入った。

この方こそ、私を非行の道へ、

いや泥沼の飛行の世界の足掛かりを作ってくれた方で、アメリカ行きもピエール先生の紹介であった。

もともと大塚製薬の営業マンから講師になっただけあって、匠な話術をもつ。

高校時代に、「先生はなぜ非常勤講師なんですか?」と聞くと

「俺はな、来年あたりはANK(エアーニッポンという当時のANAの子会社)でB737に乗っているんだよ、だから非常勤なんだ」

さらには中間テストや期末テストで、試験監督で教室に来ると

「おい古庄、月刊エアラインが翼持っていないか?」と聞き、試験中にエアラインか翼を読んでいるピエール先生なのであった。

この日は、ピエール先生の久しぶりのフライト、

もちろんちゃんとした教官がついている。

機材はPA28-161 Warrior III、 私はWarrior IIが昔会社にあったのでよく乗っていた。

そもそも、高校時代にピエール先生に誘われて、調布飛行場から訓練フライトに乗せてもらい、上空交代をして10分くらい操縦させてもらい、「自分でも飛ぼう」と思った。

(今考えれば、違法、でも当時はゆるかったのと、もう時効だろう)

この日のPA28型機の リアシートに座るとシートポケットには

ん!利尻の食堂のメニューが

「これで利尻まで行ったんですか?」

「毎年行くよ、今度福岡行くけど交代パイロットで乗る?時間を選べば福岡空港降りられるよ」と教官

巡行速度110ノットくらいしか出ない機体で利尻、のんびりおもしろそうじゃん。

この日は久しぶりのフライトなので、騒音に注意しながら、印旛沼上空でエアワーク(旋回や失速など)いがいと、こういう機体、難しいんだぜ。